ディエゴ・マラドーナ
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マラドーナとペレ

現在では事ある毎に衝突し犬猿の仲といわれる二人。
しかしマラドーナのデビュー当時はお互いに対するリスペクトもあり関係は良好だったようだ。
それから時が経つにつれて二人の仲が曇りだしていく。
原因は二人の世界最高選手へのプライドだと言われているが、真相は誰にもわからない。

【ペレのことを死ぬほど知りたい。5分で良いよ。もし10分くれたら最高だ。】
※1979年 ペレと初めて会う時の言葉。この当時はペレに対してリスペクトがあったようだ。

 

【ペレはサッカーをする神様だと思っていた。今、彼と会って彼が人間でもあるということがわかった。】
※1979年 ペレに対して。

 

【ペレはホモだ。】
※1987年 ペレに対して。なぜこんな事を言ったのかは不明だが、この頃には既に二人の関係は悪化していたようだ。

 

【ペレはFIFAの操り人形だ。ジョアン・アベランジェのパシリだ。】
※権力に従順なペレに対しての批判。

 

【誰が世界一のサッカー選手かって?ペレ?それとも僕? 僕のママはマラドーナだって言ってるよ】
※頻繁に問われるどちらが歴代最高かという質問に対してジョークを交えて。

 

【もし天国にもサッカーがあってそこでプレーできるならうれしいね。ただ、ペレにはいて欲しくないね。】
※2000年

 

【ローマでペレと抱擁した時、彼に『あなたは2番になったけどどう思う?』って聞きそうになったよ。でも聞いちゃったら騒動になっただろうね。】
※2000年 FIFAでの20世紀最優秀選手の授賞式でのこと。インターネットの投票ではマラドーナがペレに5万票以上の大差をつけて1位になったが、最終的にはその賞をペレとマラドーナで分け合うことになった。

 

【ペレは尊敬するよ。世界に2番目に偉大な選手としてね】
※2001年 ペレへの皮肉

 

【20世紀最優秀選手の投票で僕が5万2000票の差で勝ってたって事はペレには耐えられないことだと思う。】
※2001年 20世紀最優秀選手の投票に対して。

 

【ペレと一緒にプレーするなんて事はありえなかった。僕は悪い奴らと仲間になるのは好きじゃなかったからね。僕たちは水と油さ。ペレは選手の時から首脳陣に従順だと言われていたからね。僕はそれが気に入らなかった。彼のキャリアはいつもそんな感じだったよ。】
※2001年 ペレの権力志向ついての批判。

 

ペレは博物館に戻り適当な数の薬を飲むようにして欲しい。薬の数を間違えず、おかしなことはすべきではない
※2012年 ペレに対して。

 

【「私は、自分が史上最高の選手だと思っている。
なぜペレと比較するんだ? 母は、私の方が強いと言っていた。
ペレの時代は選手たちがピッチで動くこともなかった、とね。
ペレとの比較は嫌いだ。彼が言うことが嫌なんだよ。
正しい薬を飲まないと、バカげたことを言うんだよ」】

※2013年 ペレに対して。
とにかくペレのことが好きでないようだ。

 

【人々の投票で勝ったのは私だった。ペレは2位だ。ブラジル国内でも、歴代最高のアスリートに選ばれたのはアイルトン・セナで、ペレは2位だった。
私が何度も勝ってばかりだったので、ペレの友人たちは彼のために賞を贈らなければならなかったんだ。何の価値もない賞だがね。】

※2013年 ペレに対して。
マラドーナは2000年に20世紀最優秀選手を選出するFIFA公式サイトのインターネット投票で1位になった。
FIFAの選考委員はペレ氏を1位として両者で賞を分け合うことになった。
マラドーナ氏は、自分こそが真の1位だったと改めて主張している。

 

【メッシはアルゼンチン人。しかもオレよりアルゼンチン的だ。ペレは博物館に帰ってろ】
※2014年 ペレに対して。
ペレがアルゼンチン代表FWメッシについて「ブラジル人のスタイルを持っている」と発言した事に対して。
更にその後、「メッシとネイマールの差は、オレとペレの差ぐらい大きい」と挑発した。