ディエゴ・マラドーナ
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マラドーナに関する記事1

ジーコの言葉(ジーコ公式サイトより)
http://zico.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_9761.html

マラドーナへのメッセージ」[2007.04.20]
私は、本コラムでは特定の人物に関して繰り広げることはよりも、包含的なメッセージや分析の出来るテーマを選ぶようにしています。でも、今週は、彼の身の上話が警告を発することが出来ることもあり、例外としてマラドーナの件を取り上げることにしました。

私はマラドーナのプレーを観る機会と対戦する機会に恵まれ、更には最近一緒にピッチに立つことも出来ました。正に彼は、私のジェネレーションで見ることが出来た最大なる選手だったと何ら疑問も無く言えます。サッカー史上に於いて屈指の選手のみが可能としたボール捌きが出来たのです。常にマークに付回されながらも、信じられないような回避策を見出して、その巧みな芸術はサッカーフリークにとっての目の肥やしでした。

マラドーナは世界中のディフェンダーをドリブルでかわしたにも関わらず、自己の人生に於いて引き起こした苦境をドリブルでかわすことは出来ませんでした。人々を魅了するのではなく、新たなる危機から回復しようとしています。数多くの制覇を成し遂げた彼は、現在は生死と闘っているのです!


水沼さんと森島選手(当時セレッソ)の会話から

水沼:モリシがサッカーを始めたのは小学生の時でしょ。W杯を知ったのはいつぐらい?

森島:'86年メキシコ大会、中学生の時です。W杯で一番古いイメージはマラドーナのプレーですね。

水沼:ゴッドハンド(神の手)、5人抜きの時だ。みんなマラドーナなんだよな。

森島:当時、練習でグラウンドに行ったら、にわかマラドーナがいっぱいいましたよ。自分もそうだったけど(笑)。

水沼:左足でボールを扱ったりしてたの?

森島:カーブをかけたり、ドリブルしたり、左足でボール持ったりとか。

水沼:じゃあ相当にインパクトがあったんだ。

森島:ありましたね。

水沼:何がすごいと思った?

森島:何がすごいって、相手を完全に上回ってたじゃないですか。かわしていって、しかも点も取った。見ていてすごかったです。

水沼:あの時、アルゼンチンは、本大会のグループリーグで韓国と試合してるんだよ。アジア予選で韓国とやった時、ボクはマークに付いた選手を全然抜けなかった。その選手がマラドーナのマークに付いて、完璧に振り切られてたよ。

森島:そうなんですか!

水沼:相当ショックを受けたよ。

森島:マラドーナは速かったんですかね。

水沼:速いのはあったと思うね。でも、ボクのマークに付いた選手も速かったんだよ。ボクが遅かったのかな?

森島:そんなことはないですよ。

水沼:5人抜きの時はタイミングだよね。

森島:一回あれぐらい抜いて点を決めたら気持ちいいでしょうね。

水沼:自分もやったでしょ、クロアチア戦('97年6月8日、キリンカップ)の時に。

森島:あの時は、ボクが途中出場して、試合終了間際で相手がみんなへばってましたからね。ボクがキックフェイントを3回ぐらいやったら、みんな崩れていってコテンコテンとひっくり返ってました。
水沼:あれすごかったね。


水沼さんと三浦 淳宏選手のインタビュー

水沼:アツは地元の大分でサッカー小僧として有名で、リフティングしながら学校へ通っていたぐらいだから、ワールドカップのことはその頃から知っていたの?

三浦:小学生の頃から知ってました。テレビで見てたのは'86年のメキシコ大会ですね。小学校の(サッカー部の)監督が昔のビデオとか見せるんですよ。

水沼:小学校の監督が?

三浦:自分の家にみんなを呼んで、その時に'82年スペイン大会のビデオだとか。外国のダイジェストのビデオだとかやたらと見せられて、それですごいなと思って。'86年からはテレビでライブで見るようになりました。

水沼:それは何年生の時?

三浦:小学校4年生です。

水沼:すごいな。そんな時からW杯のビデオを見せる指導者はいなかったんじゃない?

三浦:おそらく。その時から海外のサッカーはすごいなと思って。

水沼:やっぱりマラドーナ?

三浦:'86年は実際にリアルタイムで見たからマラドーナはすごいなと思いました。でも、ジーコとか、クライフのビデオも見てましたよ。

水沼:すごい先生だね。今、その先生はいくつぐらい。

三浦:55歳ぐらいじゃないですかね。

水沼:じゃあまだアツが教わってた頃は若かったの?

三浦:そうですね。怖かったですね。

水沼:怖い?

三浦:けっこう殴られました。

水沼:小学生の時から?

三浦:バンバン殴られて、バンバン走らされましたね。

水沼:W杯に出よう、とかその頃から思い始めたの?

三浦:いや、思ってません。日本はその時にはプロリーグがなかったので、そこでプレイするというよりも、なんであんなにうまいプレイができるのか、ああいうプレイをしたい、ああいう人たちみたいにうまくなりたいと思いながらサッカーやってました。

水沼:'86年の大会は、自分が'85年のアジア予選で韓国にやられたからすごく印象に残ってる。アルゼンチンVS韓国戦で、予選で俺についた韓国のディフェンダーがマラドーナをマークしたんだ。でも、チンチンにやられてたよ。もう大ショック!

三浦:貴史さんが予選に出た時は最後で韓国に負けて行けなかったんですよね。
水沼:そうそう。東京で1-2で負けた時にそいつとやって、全然ダメだったんだよね。

三浦:それをマラドーナがチンチンに?

水沼:自分の情けなさを感じたよね。韓国に行った時にその話をしたら、あいつは1対1で絶対的な強さを持ってたからマラドーナにつけたんだって。ある意味、俺もそういうふうに思われてると思ってうれしかったけど、マラドーナにやられてるそいつを見たら、自分が情けなくて。

三浦:世界は広いですね。

水沼:広いって言うかなあ、情けないよな。W杯に出たいと思いだしたのはいつぐらいの時?

三浦:貴史さんや(木村)和司さんがいて、出られそうで負けた'86年大会の時ぐらいから、ニュースや雑誌で見て少しずつ意識するようになりました。だけど、本当に出たいなと思い始めたのはドーハの時(アメリカ大会アジア最終予選='93年)かな。

三浦:今、海外に行っている選手にもどんどん頑張ってもらいたいと思いますね。今まで日本のサッカーをバカにしてきた海外の人たちを見返すためにもね。

水沼:'98年に日本がW杯に出て、その後いろんな大会で日本が活躍して、サッカーの実力があることが認められて、今度、開催国としてW杯を開く。そうするとまたサッカーが全然変わってくると思う。プロになってサッカー選手が社会的に認められて、今度はサッカーが社会的に認められると思うんだよね。

三浦:ヨーロッパは、すぐに強い国と試合できるけど、日本は強い国とやるためには距離が遠くて練習試合を組むのも難しかったと思う。そういうことで多少差はあったけど、サッカーのレベルは上がってきていると思いますね。チャンスをつかめず本大会には出られなかったメキシコW杯予選の日本代表にも、世界でやれる人が何人かいたと思うし・・・・・・。貴史さんはW杯に出られると思いました?

水沼:W杯、夢だったな。最後は出られるというよりも、出たかったな。だけど、負けた相手がアルゼンチンにチンチンにやられて、まだ出ちゃいけないんだなと思ったよ。もっと力つけないと。

三浦:でも、韓国のディフェンダーを抜けなかったとしても、アルゼンチンにそれよりもっとすごいディフェンダーがいたとして、その選手をスッと抜けるってこともあると思う。

水沼:確かに、それはあると思うね。面白かったのはね、ブラジル代表のキャプテンをやって、W杯に3回出ているオスカーが初めて日本に来た時、1対1で戦う時に吸い込まれるように相手がボールを取られるんだよ。それって世界の中で戦っている人たちなのかなと感じた。ピクシー(ストイコビッチ)なんかも自分の間合いを持ってて、絶対に入り込めないバリアがあるよね。

三浦:日本人は、一瞬のスピードとか器用なところがあるからそういうのを生かしていけばいいかな。最近のヨーロッパは、サッカーが昔と変わってきてるでしょ。昔のサッカーの方が面白かった。今は、ほとんどフィジカル中心になってて、いい選手がガツンとタックルでつぶされたり・・・・・・。

水沼:今はいいところを消し合うからね。そういう中でイマジネーションを出すというのは相当な実力を持ってないと。

三浦:アルゼンチンにしろ、ブラジルにしろ、南米はまだ(イマジネーションが)ありますよね。ヨーロッパではスペインがイメージがいいんですけどね…。


ダイヤモンドサッカー マラドーナ特集にて

こちらのウェブサイトで見ることができる。

アナウンサー:この人実際は160センチちょっとくらい。

ヒデキさん:164くらい。

金田喜稔:いやもうちょっとありますよ。ヒデキさんちょうどマラドーナ、マークしたんじゃない。

ヒデキさん:あれはコウちゃん。田中コウちゃん。チンチンていうかね。

金田喜稔:ね~、異常でしたね。もう一緒にやるのが嫌になりましたね。

ヒデキさん:ほんとに。