ディエゴ・マラドーナ
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マラドーナへのコメント1

『彼と私を同じものさしで比べないでほしい。
才能とコーチ、環境に恵まれ努力をし続ければ私のような選手になれるだろうが、彼にはなれない。
私のように得点王になる事が出来ても、彼のようにどんな選手にでも得点を取らせて、自らも得点王になることは出来ない。
私は彼のようになるにはどうしたら良いのか解らない。
私には歴代最高の選手達が非常に近く見えるが、彼だけは見えない。
彼の背中すら見えないのです。』

※マルコ・ファンバステン(元オランダ代表)

 

『彼がトレーニングをしているだけでも感動したものさ。』
※ガブリエルバティストゥータ(元アルゼンチン代表)

 

『今まで一緒にやった中で一番上手かったのはマラドーナ。
すでにキャリアの終盤だったけど圧倒的だったよ。』

※ガブリエルバティストゥータ(元アルゼンチン代表)

 

『近づく? 彼は近づいたとか並んだとかそういう比較を超えたところにいる存在さ。だって彼はサッカーそのものなんだよ』
※ガブリエルバティストゥータ(元アルゼンチン代表)
アルゼンチン代表の得点記録NO.1になり、「マラドーナにどれほど近づけましたか?」と言う質問に対して。

 

『お世辞じゃなく、アルゼンチン代表の中でボールキープが一番うまいのはマラドーナ(当時監督)だよ。』
※リオネル・メッシ(FCバルセロナ・アルゼンチン代表)

 

『私が選手時代、悪夢のような選手がいた「マラドーナ、ファンバステン、そしてバッジオだ。」』
※ジュゼッペ・ベルゴミ(元イタリア代表のディフェンダー)

 

『私はジーコ、プラティニ、マラドーナとチームメイトだったが、最高の選手はと聞かれれば間違いなくマラドーナと答える。
彼はミーティングの時、10分でも20分でも平気でオレンジやレモンでリフティングしていた。
その姿を見て我々はいつも彼に絶大な信頼を置けたんだ。』

※マッシモ・マウロ(元ナポリ時代のマラドーナのチームメイト)

 

『ボールを扱うコントロールテクニックは、自分が初めて見た完璧な選手だった。
マラドーナがボールをコントロールしながら走るとき、あるいはディフェンスを
ドリブルでかわす時、それはまるでボールが足にくっついている感じなんだ。
あれは最初の合同練習のときだったと思う。彼が初めてボールに触った瞬間、周りの選手の動きがストップしたんだ。
すべての選手の目がマラドーナの足下に釘付けになっていた。
なぜかって? 彼が繰り広げる色々なボールテクニックを実際に見るのはみんな初めてだったからさ。
ああゆう選手はもう二度と出てこないと思う』

※カラスコ(元FCバルセロナのサッカー選手)

 

『私の時代で技術的に一番優れた選手はマラドーナでした。
私よりもね。
凄かったなぁ。本当だよ。
だって、ボールが足にくっついていたんだもの(笑)』

※ジーコ(元ブラジル代表)サッカーマガジンのインタビューで。

 

『私とマラドーナを比べる事は彼に失礼だ。』
※ジーコ(元ブラジル代表)

 

『正に彼は、私のジェネレーションで見ることが出来た最大なる選手だったと何ら疑問も無く言えます。
サッカー史上に於いて屈指の選手のみが可能としたボール捌きが出来たのです。
常にマークに付回されながらも、信じられないような回避策を見出して、その巧みな芸術はサッカーフリークにとっての目の肥やしでした。』

※ジーコ(元ブラジル代表)

 

『ボールが足にくっついていた。パス、ドリブル、シュート、全てにおいて完璧な選手だった。』
※許丁茂(元韓国代表)86年のワールドカップでマラドーナをマンマーク。マラドーナを削り倒しマラドーナから「テコンドーで挑んで来やがった」といわれる。
ワールドカップアジア予選で当時、日本代表のウイングだったの水沼さん(現解説者)を抑えこんだ選手。
しかし、ワールドカップ本大会ではマラドーナにチンチンに抜き去られた。

 

『忘れていたわけじゃないよ。彼は何と言うか別格の選手、別宇宙の存在なんだ。
彼のことを他の選手と同じ次元で語るわけにはいかない。
僕は何度か彼のマークにつく機会があったけど、同じピッチに立てたことを、本当に幸運に思っている。
とにかく言えるのはマラドーナという選手は天空を突き抜けたような存在。
そのプレーは、今後二度と見ることができないものということ。
彼の技術は言うまでもなく、身体からにじみ出るようなカリスマ性は、尋常じゃなかったんだ。』

※パオロ・マルディーニ(元ACミラン・イタリア代表のサイドバック)

 

『マラドーナ。フィジカルが頑強で、スーペルなテクニック、ピッチで果てしなく爆発する。
私のキャリアの中で彼ほど段違いの相手に会ったことはありません。
しかし、初めの頃のロナウドも忘れていません。
予想のつかないその動きはものすごかった。
ロナウドはマラドーナの次に凄かった。』

※パオロ・マルディーニ(元ACミラン・イタリア代表のサイドバック)

 

『彼をマークするのが一番きつかった。彼のような選手はもう現れないと思う』
※パオロ・マルディーニ(元ACミラン・イタリア代表のサイドバック)

 

『片手でブロックされたら、もう動けないんだ。』
※勝矢寿延(元日本代表)
当時の日本代表では屈指のフィジカルを誇った名ディフェンダー。

 

『向こうから、牛が突進してくる感じ。ぶつっかったら吹っ飛んだもん。俺。身長165センチの奴に』
※小村徳男(元日本代表)
日本代表の中ではフィジカル自慢でならしたセンターバック。

 

『相手がマラドーナだったら、通常のことをやっていては駄目ですから。とにかくマラドーナにボールを持たせないということ、これが一番大切でした。彼はボールを持ったら世界一です。芸術家です。何でもできる。』
※ギド・ブッフバルト(元西ドイツ代表)
90年の決勝でマラドーナをマンマークした。

 

『見えなかった。前にいると思った瞬間、もう後ろにいた。』
※都並敏史(元日本代表)

 

『異次元空間から来た選手でした。全てが違う。リズムが違うし、見ているものが違う、手の動かし方も速さも全てが違うんです。手でも難しいような動きが普通にできる。別次元でしたね。』
※都並敏史(元日本代表)

 

『“触れない”という感じでしたね。間合いが全く違うスタイルのドリブルをするので。メキシコW杯・イングランド戦の“5人抜き”のシーンで、3人目が抜かれた時に何もできずに逆を突かれている選手がいるんですが、あの感じでみんな抜かれるんです。他の名選手を含めてもマラドーナはちょっと違いましたね。削りに行くにも、そういうタイミングになれない印象を持っていました。』
※都並敏史(元日本代表)

 

『風のように。もう、あっ、と思ったらその辺(背後を指さして)にいましたから。
だから、今の子達がメッシを見る感じ。あのスピード感ですよマラドーナはやっぱり。全然違う。別次元。

その時の写真を持っているんですよ。
(ここでマラドーナと共にプレーしている写真を見せる)
南米に行くときはその試合をした時の写真を持っていくと、すべて変わりますからね。

マラドーナという存在は南米ではものすごく大きいものなので、
「一緒にやったのか、お前は!」、「飲め」。とか「じゃあ、入れ」とか、本当にそれだけ違うんですよ。

もうこれ(写真を指さして)、偶然やらしていただいたものだけど、本当に良かったなと。一番の思い出です。』
※都並敏史(元日本代表)
テレビ番組でのコメント。

 

「クライフとかベッケンバウアーは目から鱗だった」けど、マラドーナとやった時は「サッカーが嫌になった」
※都並敏史(元日本代表)

 

「ここには来ないように」と走ってくるコースを消す。
それを何回意識しても、いとも簡単にかわされてしまう。
何をやっても逆を突かれてしまい、入ってほしくないエリアにいとも簡単に入ってくる。
「今まで僕がサッカーで培ってきたセオリー全てを覆された。同じ人間とは思えない」

※都並敏史(元日本代表)

 

『我々には家がない。学校もない。バスもなければトイレの水もアイデアもない。・・でも、我々にはマラドーナがいる。』
※ナポリサポーターの言葉。

 

『才能といういうものは、どんどんと溢れ出るもので涸れるものではない。 例えばマラドーナなら、80歳になってもフリーキックをゴールの隅に決めるだろう。』
※アレクサンドロ・デルピエロ(元イタリア代表)

 

『仮にマラドーナが誠実な人間であったなら、ワールドカップを3回取っていたかも知れない。』
※アレクサンドロ・デルピエロ(元イタリア代表)

 

『ペレはディエゴよりも多くを勝ち、メッシはディエゴよりも多くのゴールを記録しているとしても、この2人はマラドーナには遙か遠く及ばない。「ペレ+メッシ=マラドーナ」となるだろうか。彼の技を目の当たりにする度に私はその場にいられる幸せを震えながら実感していた。』
※パオロ・コンドー(ガゼッタ・デロ・スポルト記者)